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自作小説メモ置き場。 話の序盤だけ書いているものを置きます。続きはおいおい別の場所で書く予定です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。 著作権に関わる行為は固くお断り致します。 どうぞよろしくお願い致します。

   
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Echoes~エコー~ 第一話・第二話
Echoes~エコー~

第一部 

第一章

一、蜂蜜みたい

そこは深い深い森の中。
一人の少女が、ふらふらとしながら彷徨っている。
少女は蜂蜜のような美しい深みのある金髪に、コスモスのような青みを帯びた淡紅色の瞳をしていた。
もう長いことまともなものを食べていない。おかげで視界はぼんやりとして、頭はずきずきと痛んでいた。腹は空いていたが、ここまで来ると疲労ばかりで何か食べ物を探そうという気力さえ湧いてくれない。
少女はとりあえず一本の木の根元に腰をおろして、まどろみ始めた。
糖分の欠乏している体は、すぐに眠りについてしまう。眠っている間が一番楽だった。目が覚めると酷く空腹を感じて、苦しくなる。立つと目眩もするし、本当に、そろそろこのままあの世へいきたいと、ぼんやりそんなことまで考えてしまっていた。
―苦しい。
ひくひく、と喉が震えた。少女は自分が幼子のようにみっともなく泣いていることに気付く。
自分でも、情けないと思った。一体自分はどれほどの命を勝手に奪っただろう。それでも死ぬことに自分で涙を流している。なんて自分勝手な生き物だろう。
少女は、異種族間のハーフだった。ハーフは何も珍しいことではない。けれどその中でも彼女は特殊だった。
普通異種族間の契りというのは同じくらいの力あるいは体格のある者同士で結ばれる。そうでなければならない。もしも母親と父親との間に能力や体格的な差異 がありすぎると、生まれてくる子供はその差分に苦しめられることになる。己の体の中で相反する力が拮抗し、その反動で内に溜まりに溜まった破壊的な力を衝 動的に外へ排出しなければ自己を保てなくなるのだ。
つまり、発作的に周囲を巻き込む力の大暴走を起こしてしまうことになる。
少女こそ、その類だった。
小人の類に入り、虫ほどの力しか持たない妖精の母親が、魔族と呼ばれる超能力を有する種族の中でも高位に位置する竜族(ドラゴン)の青年との間に設けた子供が彼女だった。
あまりにも開きすぎている力の差は、そのまま彼女の内で膨大なエネルギーとして溜まり、彼女を苦しめる。そして、彼女の意思とは関係なく、本能的に、周期的にそのエネルギーは爆発し、周囲を焼き尽くしてしまうのだ。
そのせいで、彼女は今まで罪もない人々をどれほど殺してしまったか、もう分からない。
けれどどうすることもできない。だから彼女はただ逃げていた。できるだけ遠くへ、誰も周りにいない世界へ、辿り着くため。
そのうち、この、終点も見えない深い森の中に迷い込んでしまったというわけだった。いつしか食べられるものすら見当たらなくなり、飢え死に寸前の状況に陥っている。
けれど少女は、それでも悪くない、とも思っていた。
ここで死ぬのも当然かもしれない。それだけの罪を自分は重ねてきたのだから。
それなのに、いざ死を目の前にすると、死にたくないという思いがわき上がってくることが情けなくて仕方がなかった。
一体どうしたらよかったというのだろう。
少女は、こらえきれず嗚咽を漏らした。こんな力が欲しかったわけじゃない。こんな思いをするために生まれたのなら、生まれてきたくなどなかった。
どうして母親は自分を産んだのだろう。何故ドラゴンと契りを結んだのだろう。
母親にぶつけたかった言葉は、ひとつもぶつけることができなかった。彼女は、胎児の持つ絶大な力のせいで、彼女を産む直前に息絶えたのだから。少女は死ん でしまった母親の腹から急いで取り出された。助かったのは彼女だけだ。少女は間もなく、自身の力で母親の生まれ育った妖精の村をも破壊してしまった。
「おかしいなあ。いい匂いがしたと思ったんだけど」
「だから、気のせいではありませんこと?こんなところに食べ物があるわけでもなし」
「あるいは、餌を呼び寄せる毒花の出す香の類かと思います」
「うわ…やめてよ、わたしは花の餌食になんかなりたくありませんわよ」
「俺だって御免こうむりたいです」
「煩いなあ。ちょっと黙っててよ。分からなくなるじゃない」
「…言っときますけれど、嗅覚と聴覚はまったくもって連動しませんわよ」
「いたいた痛いっ!!引っ張らないでよっ」
「え?って、引っ張ってなんかいません!!勝手にあなたが髪をわたしの服に絡ませてるだけでしょう!!」
「オレのせいじゃにゃいもん!!い痛っ」
少女ははた、と顔をあげた。
場にそぐわないような能天気な会話がどこからか聞こえてくる。
いつの間にか涙は止まってしまっていた。力が抜けて、少女はその場で呆けてしまう。がさがさ、と頭上で音がして、何かがぬっと少女の眼の前に影を作った。
「あれ」
影が呑気な声を出した。逆光でよく見えないが、少年の逆さの顔のようだ。そもそも少女は視界もかすんでいるから、よけいによくわからない。
「ねえ、こんなところに女の子がいるよっと」
少年はそのままくるっと体を空中で回転させて地上に降りてきた。続けて黒い影が三つ、ざざっと音を立てて上から降ってきた。
「どれどれ…ってこの子!!死にかけてるじゃありませんの!?」
少女らしき可愛らしい声が小さな悲鳴をあげた。
「見たところ、栄養失調ってところですね。この森に迷い込んだものの一般的な末路の図です」
淡々とした、抑揚のない少年らしき声が続いた。
「そ、そんなこと見れば分かりますわ!」
「というか助けてあげにゃいのー?」
「煩いわよバカ猫っ。何まともなこと言ってやった顔してますのっ」
「にゃっ!?にゃ、にゃにか文句でもあるのか!?」
「あー煩い煩い。喧嘩ならあっちでやってくれる?僕たちに被害の出ないところで」
最初に降りてきた少年が手をひらひらと振って言った。
薄い青緑色の、森のような色の髪をしているのだけはわかる。そして肌が目が覚めるほど白いことも。けれどそれ以上はかすんだ目ではよく見ることができない。
少年は少女の眼の前で手をひらひらとかざした。
「見えるー?」
少女は首を横に振った。
「ふーん…焦点あってないなあとは思ってはいたんだけど、ね。ねえヴィオ、この子目が見えない子なのかな」
「その可能性も確かにありますが、栄養失調が過ぎると視力に異常をきたすことがあります。その場合は栄養さえ取ればしばらくすると治るはずですが」
「なーる。何かとりあえず食べさせてあげる?あと何が残ってたっけ」
「ファビの缶詰があと三つ、フォトフの燻製が七枚、あと昨日採ったクレオの焼いたのがまだ五切れあったかと」
「…そろそろわたしたちの食糧源も危ないんじゃありません?」
「まあ、それもそうだけど。でもほら、見てよ、この子の髪。蜂蜜みたい。美味しそう。すごく美味しそう」
「…あなたが言うと洒落になりませんわ」
「にゃ…」
「ははははは。どういう意味かな?」
「まあ、蜂蜜みたいな色、というのは俺も同意です。美味しそうかどうかまではよくわかりませんけど」
「だよね。それにこの子、なんか甘いいい匂いがする」
少年がくんくん、と匂いを嗅いでいるのが分かった。少女は途端に恥ずかしくなってきた。
そもそもここ何日もこの森で彷徨っていたのだから、風呂にすら入れていない。少女は首をただ振った。
「…女の子の匂いを嗅ぐなんて変態なのにゃ…」
「煩い猫。何まともなこと言ってんだ猫のくせに」
「オ、オレ虎だもん…猫じゃにゃいもん…」
猫と呼ばれた幼い少年がべそをかいた。
「ヴィオ、クレオ寄こして」
ヴィオと呼ばれた黒髪の少年が背中に背負っていた荷物から何かを取り出す。焼いた魚のいい香りが少女の鼻をついた。動くのを忘れていた腹がまた活動を始めたのがわかった。少女はなんだか悲しくなって首を横に振った。
「い、いらない…わたしには、かまわないで、お願い」
「なぜ」
少女は言葉に詰まった。またじわりと涙が滲んできた。
「い、いいの。このままでいいの。このまま死なせてください。わたしは、死ななきゃだめなの」
「…随分悲しいことを言いますのね、この子」
淡紫色の髪をした少女が低い声で言った。
しばらく流れた沈黙を、最初の少年のくすくす笑いが破った。
少女は眼を見開いた。何故少年が楽しげに笑うのか理解ができなかった。
「へええ?死にたい、と。ふーん」
少年はなおもくすくす笑っている。
「あんた面白いね!」
少女は訳が分からなくて目を泳がせた。少年がにんまりと笑ったのがわかった。
「まあ、ほっとけば君は死ぬだろうね。ということで、ここからは僕たちが君の身柄を預からせてもらうことにします。いいよね?」
少年は振り返った。小さなため息が漏れた。
「まあ…やらかすだろうなとは思ってました」
「そうね…この人拾いものが趣味だし」
「い、いや…構わないで!わたしにかまわないで!」
少女は叫んだがかすれた声しか出なかった。
先の少年はきょとんとした顔で言った。
「え?だめだよ?僕君の髪の毛気に入っちゃったんだもの。蜂蜜みたいで美味しそう。このままみすみす逃しちゃうなんて、なんてもったいない」
少女は気が遠くなる想いがした。随分と横暴な少年に見つかってしまったらしい。
「で、ヴィオ、この子おぶってあげて?」
少年は首をちょこん、とかしげて見せた。黒髪の少年は溜め息をつきながら少女の傍に寄ってきた。
「…ご自分でおぶってあげる、という選択肢はないのかしら」
「だってーエリカ嬢。僕こんないたいけな子供だよ?つぶれちゃうよー」
「…その気になれば大人になれるでしょうあなたは」
ヴィオ、と呼ばれていた少年は少女を抱きかかえてたちあがった。
「あれーヴィオ!なにそれお姫様だっこ」
「…ですから、彼女は衰弱しているので変に負担をかけるよりもそのままの体勢のまま連れて行った方がいいかと判断しただけで」
ヴィオという少年は溜め息をつきながら言った。
その手から伝わる温もりは温かく優しくて、少女は意に反してまどろみ始めていた。
「ふふふ。嬉しいにゃー。可愛い女の子がまた仲間に増えるのにゃ」
「…こ…いつ、ガキになってもやっぱり女ったらしなのね…っ」
エリカ、と呼ばれた少女がうんざりしたように言った。
薄い青緑の髪の少年ももっとうんざりしたような声で言った。
「…成体になるとこんなもんじゃないしね…」
「エコー。お願いですから冥土に行くような表情にならないでください」
ヴィオが溜め息をつきながら言った。
「そもそもそんな彼を拾ったのもあなたでしょうが」
「…だってさ…フィグ見てたら…あれだよそう、『自分の父親を檻に入れてビシバシ躾けてやりたい気分になった』ってやつ」
エコーと呼ばれた少年は妙に黒い声で言った。
「フィグって呼ぶにゃ!!」
「煩い猫」
「ロン、あとでわたしの分のクレオ食べさせてあげますから機嫌直して」
エリカがため息交じりに言うと、銀髪の幼い少年は嬉しそうな声で喜んだ。
「わーいっ」
「眠ってていいですよ?」
ふと、ヴィオが少女がうとうとしているのに気付いて声をかけてきた。
「糖分が足りていないと眠くなるものですから。安心してください。落としはしませんから」
とてもぶっきらぼうだったが優しい声だった。
少女は抗うこともできずに、そのまま深い眠りに落ちていった。

二、面白い

ダニエリンが目を覚ますと、体中を幸せで満たしてくれるような、美味しそうな匂いが彼女を包んでくれていた。なんだかダニエリンは泣きたくなってしまった。
―食べたい。
そういう希望が出てきたことへの喜びと、悲しさと、恥ずかしさが彼女を苦しめた。
また、無意識にしゃくりあげていた。そんな彼女の横に、誰かが勢いよくしゃがみ込んだ。
はっと顔をあげると、淡い青緑色の柔らかな猫っ毛の少年が、にこっと笑っていた。
「あ、焦点あってるね。僕の顔見える?」
ダニエリンは自分でも驚いていた。いつの間にか、それでも普段よりはまだかすんでいるとはいえ、少年の顔が分かるほどまで視力が回復している。
「君がもう意識不明みたいになってたからね。ヴィオがずっと解放してくれてたんだよ。流動食作ってね、ずっと君の口に流し込んであげてたの。それはもう…甲斐甲斐しく口移しでっ」
「えっ…」
ダニエリンは絶句する。
「嘘八百並べないでください。流動食を作ったのも世話をしたのも確かに俺ですが口移しまではしていません」
ヴィオの少年らしいかすれ声が不機嫌そうに響いた。ヴィオはふっとダニエリンに笑いかけた。
「顔色もよくなったな。よかった」
「あれあれーなんかいい雰囲気だねっ。おにーさんはさっさと退散するね―」
「その花畑な思考を直していただくまではここにいていただきましょうかね?」
ヴィオが怒りにまみれた低い声で言って少年の襟首をつかんだ。
「まったく…ほんとにエコーはヴィオをからかうのが好きなんだから…」
エリカが苦笑する。そしてダニエリンの両頬をぱしん、と手で挟み打ちした。
「い痛っ!?」
「いいですこと?もう二度と、あんな哀しいことは言わないでください。分かりましたか?」
このまま死にたい、と言ったことだろうか、とダニエリンは思った。ダニエリンはエリカの金色の瞳の奥に真剣なものを感じ、半ば無意識にうなずいた。エリカは柔らかく微笑むと、エリカの頭を撫でくり回した。
最初はなんとなく嬉しい気もしたが、次第にエリカの瞳に宿ってきた何かを見て、ダニエリンは唖然とした。エリカは眼をハートにしてまくしたてた。
「で、ですわ…この子可愛いですわっ!!どうしましょうどうしましょう!!やっぱりここはフリルのいーっぱいついたドレスとか似合うと思いますの!!あ、でもミニも捨てがたいですわね!!どうしましょうかしらどうしましょうっ」
急に顔を真っ赤にして一人で悶え始めたエリカにダニエリンは茫然とした。
救いを求めるようにヴィオを見たが彼は眉間に指をあてて顔をそむけている。
「だよね?この子結構可愛いと思ったんだよね僕」
「はあ!?」
ダニエリンは思わず声をあげた。
エコーと呼ばれていた少年はじいっとダニエリンの顔を覗き込んだ。その男の子にしてはあまりにも整い綺麗すぎる顔に、ダニエリンは顔が紅潮するのがわかった。
薄いパールブルーの大きな瞳が、ものすごく神秘的で綺麗だ。
「うん、こんな綺麗な金髪初めて見たし、そもそもこんなコスモスみたいな目も初めてだ。すっごく綺麗。君もしかして妖精の血引いてるでしょ」
ダニエリンはびくり、と肩をはねさせた。なるべく答えたくない。けれどエコーの眼差しに勝てそうにもない。ダニエリンはあっけなく白旗をあげた。
「う、うん…」
「やっぱりね!!こんな美しい種族なんて、妖精と巨人族くらいしかいないよね!!ま、巨人族にはもう女の子はいないけど」
気のせいか、最後の言葉には何か刺が含まれていたような気がした。
「とはいえ、ね、君はヴィオのことどう思う?すっごく顔綺麗でしょ?すっごくかっこよくない?」
「え、ええ?」
促されるようにダニエリンはヴィオの顔を見た。
黒髪に淡い白銀色の瞳。ややつり上がり気味の大きな目と、整ったつり気味の眉。鼻も口もとても整っていて、卵型の綺麗な頭部は小さく、背はそんなに高い方ではなかったがすらりとして見えた。
「え、ええ…かっこいいと思うけど…」
「だよねっだよねっ!!いやーいい拾いものをしたよ僕ったら」
「…何下世話な好色おやじみたいな物言いしてるんですか全く」
ヴィオは溜め息をついた。
「ヴィオはね、ただの人間なの。なのにこんなに美しいんだよ。ずるいと思わない?」
「えっ」
ダ ニエリンはますます驚いた。この白廊期に入り、世界の三分の二は占めていると言われるほど生殖能力の高い人間と言う種族を、ダニエリンもまた少なからず見 てきてはいる。彼らはドラゴンや巨人といった魔族や、妖精や小人(ドワーフ)などの精霊とは違い、自然を生き自然を統べる能力は持たない代わりに、彼らと は違って子孫を増やす能力が著しく高く、また、自然に縛られずに生きられるために、独自の文化を築き生き抜くことができる。
魔族や精霊は、自然の力を支配できる代わりに自然と密接につながっているため、たとえば人間が言うところの『天災』が起こると、人間よりもはるかにその危険の餌食になる。
第三世代に当たるこの白廊期でここまで魔族や精霊の数が減ったのは、それも原因となっていた。
とはいえ、人間の生殖能力の高さは本当にすごい。その分人間は老化も早く、すぐに死んでしまうし、あまり美しい容姿をしているとは言えない。
けれどこのヴィオという少年は、魔族や精霊に匹敵するような美しさを有していた。
「その…精霊か何かの血が入っているとかじゃなく?」
ダニエリンがおずおずと尋ねると、ヴィオは首を振った。
「残念ながら…な。というか、そもそも僕はたしかに同種の中ではいい方かもしれないが、そこにいるエコーやフィガロンには遠く及ばない。まったく…エコーの物好きも大概にしてほしいな」
「ただ綺麗な奴なんてわんさかいるんだよ、ヴィオ。だけどね、君みたいにかっこいい人はそうそういないと僕は思ったの」
エコーはにっこりと笑った。
「戦闘時のヴィオのかっこよさなんて半端ないよ。僕はそれに惚れこんで彼を拾っちゃったんだから」
「ひ、拾った?」
「その人、迷い人を拾うのが趣味なんですの。しかもかなりどうでもいい理由で、ね」
「ど、どうでもいい理由…」
「そ。たとえば―あなただったら『髪の毛が蜂蜜みたいで美味しそうだから』、彼だと『むちゃくちゃかっこよかったから』、わたしは『そういえばまだ魔女を拾ってなかったから』、とか」
「ま、魔女」
「そ。ばかばかしい理由ですわよねえ、まったく」
「ばからしくはないでしょ。そもそも君を拾った理由はたしかに『魔女はまだ仲間にいなかった』ってのもあるけど、どっちかというと『泣き顔が綺麗だった』だからね」
エリカは顔をそむけた。頬が真っ赤になっている。
「魔女って…絶滅したんじゃなかったの?」
ダニエリンはエコーは無視することにして、聞いてみた。
魔女、という種族は少し特殊だ。髪の色や瞳の色、あるいは姿形まで自由自在に操ることができるし、無機物の姿形を変えることもできる。けれどその能力はほとんどが女の子孫にしか遺伝しない。稀に男にも遺伝することはあるが、その男児には生殖能力がない。
また、力としては他の魔族よりも破壊的なものではないため、人間と共に暮らしていた。一説には、魔力を遺伝できなかった者たちが人間として進化したとも言 われてもいる。けれど人間たちは、魔女たちの特異な能力を恐れて彼女たちを火あぶりの刑にし、その数は激減した。紅殿期のことである。
紅殿期の終わり、世界の中心に在った大火山ギュロストが噴火をおこし、世界は火に包まれた。その時、ほとんどの種族が壊滅的なダメージを受け、数の少なかった魔女などは絶滅してしまったと伝えられていた。
エリカはちょっとだけ舌を出した。
「まあ…そうね、今も百人いればいい方なんじゃないかしらね。今でも魔女裁判は続いているみたいだし」
「こんな凶暴な魔女、拾ったのは失敗だと思うけどねーオレは」
だるそうな声が聞こえてきた。ふと見やると、月明かりに照らされて一人の長身の少年が姿を現した。赤みを帯びた銀髪が、月光に映えている。
ものすごく美少年だった。いや、美青年と言った方がいいのだろうか。
とても大人っぽい雰囲気を持っている。色っぽいとでも言うのだろうか。
少年はダニエリンを見てにっと屈託なく笑った。口元から八重歯がのぞく。
「あれ、お嬢さん。気がついたんだね?よかったよかった」
その淡い橙色の瞳に見つめられると、なぜかくらっとした。
銀髪の少年はそっとダニエリンの手をとるとその甲に口付けした。ぼっと音が鳴るほど急激にダニエリンの顔は熱を帯びた。
「ま、ままま待って待って!?近い!近い近い顔が近いっ!?」
「おっと、失礼。無粋なことをしてごめんね?」
少年は首をかしげてにっこり笑った。
色っぽい。ものすごく色っぽい。
エリカが溜め息をついた。
「なあにーぃ?今日は満月ですのー?」
「エリカったら、そんなしかめてばっかりいたら眉間に縦じわが刻まれちゃうってば」
少年はきょとんとした顔で言った。
うっ、という声を漏らしてエリカはまた顔をそむけた。顔が赤い。少年はずるい笑みを浮かべてエリカの腰を引きよせた。
「あれー?どうしたのかなあ。いつもはバカ猫バカ猫言ってくれてるくせに…成体のオレを見るとそうやって恥じらって来るよねーあんた。そそるよねーどうしようか…たべちゃおっか…」
エリカの顔がゆでダコのようになる。
「離せっ…離しなさい…」
「あれー?その割に体に力入ってないよね?腰が抜けちゃった?ほんとは好きなんだろ?」
ダニエリンは顔をそむけることもできず目が離せないままどんどん頬に熱が上がってくるのがわかった。するとダニエリンの横でふっと鋭い風が起こる。
「ぐえっ」
苦しげな声が銀髪の少年から漏れた。
エコーがものすごく黒い笑顔で少年の首を絞めている。
「ははははは、ごめんね?そーゆー女ったらしな人種を見るとどーーーーーしても鞭でビシバシ叩いて腰が立たないようにしてやりたくなるんだよねー僕」
少年の額から脂汗がにじみ、眼は白目になっている。
「え、エコー!!やめてあげて…!!」
ダニエリンが悲鳴をあげると同時に、少年の腕からエリカも抜け出した。その途端。
パシーーーーーーーーーーン!!!!
どこから取り出したかわからない鞭がエコーの手の中でしなる。
「いたいた痛いっ!!痛いっっったらっ!!」
少年は悲鳴をあげた。
パシーン。パシーン。バシパシーン。
ダニエリンはいてもたってもいられず気付いた時には少年とエコーの間に滑り込んで少年を抱きしめかばっていた。
エコーの鞭がぴたり、と空中で止まる。
「ふ、ふえ…」
少年が泣きべそをかきながら息を吐いた。エコーが黒い笑顔でダニエリンに迫る。
「ふううううううううん…君はそいつをかばうんだあ?そいつに惚れちゃったのー?」
「へ?ええっ!?ち、違うわ、ただわたしは―」
「なああああああああにいいいいいい???」
ひいっ。
ダニエリンは悲鳴をあげそうになったが、頑張って立ち向かう。
「だ、だってこんな綺麗な人なのに、は、肌に傷つけちゃだめよっ」
しーん。
チリチリン、と虫の鳴く声がする。
しばらく一同は呆けたようにその場に立ち尽くしていた。
「あはっ」
静寂を破るのはエコーの笑い声。腹を抱えてひいひいと笑った。
「な、なるほろ…はは、はははっ。うんうん、わかったわかった…あははっ」
銀髪の少年は感激したようにダニエリンをぎゅうっと抱きしめた。
「大好きっ。やべえ惚れたっ!!嫁に来てくれ!!」
「え、えええええ!?」
「それとこれとは話が別だろーバカ猫っ」
べちん。
エコーがけろっとして半眼で少年の頭をはたいた。
銀髪の少年はむすっとする。
「猫じゃねえ!!オレは虎だって一体何回言えば…!!」
「あー煩い煩い」
「あ、あのう…この人、もしかして…」
ダニエリンはおずおずと口を開いた。
もう一人いるはずの仲間の姿が見えない。そして明らかにこの少年の髪の色や瞳の色は、あのにゃんこ言葉をしゃべっていた少年のものなのだ。
「…あの小さい子?」
「そーなんだよよく気付いてくれましたっ!!」
銀髪の少年は眼をうるませてダニエリンに迫る。
「だからいちいち顔が近いっつってんだよっ」
苛立ったようにエコーがその髪の毛を引っ張ってダニエリンから少年の顔を引き離す。
涙をにじませながら、くしゃっと少年は笑った。
「オレ、フィガロン=ドゥケ!!虎族の王子なの!!ま、王子っつっても五番目なんで王位には関係ないんだけどね」
フィガロンは頬を掻いた。
「ああ…」
ダニエリンは空を見上げた。今日は満月だ。
「満月だから生体化したのね?」
「いや…まあ、そうなんだけど…」
フィガロンは歯切れが悪い。
「そもそもこいつは元から成人している。だから本来は満月の夜は力が著しく増幅する、ということなんだけどな」
ヴィオが淡々と言った。
「見てのとーり、成体でいると異常なまでに色気が出ていて周りに害しか及ぼさないからね、普段は僕の魔力で封じてちび化させてるの。ま、満月になるとそれも効かなくなるんだけど」
「ほんとひでえよ…そんなのどの虎族にもある話じゃねえかよ。なのになんでオレだけ…」
「だってあんた、虎族にしては美形すぎるじゃないの」
落ち着いたらしいエリカが言った。
「そもそも虎族の男はね、顔が不細工だから生殖のために過剰なフェロモンを出すもんなのよ?なのに素で女にもてる容姿をしていてさらにそんなフェロモン出されたら女の方がたまったもんじゃないわよ」
「別にいいじゃん…むしろオレの子供は美形になりそうでいいと思うけど?」
フィガロンは膨れたように言った。
「ふっ…親が美形だからと言ってそうなるとは限らないのが世の不条理…」
「うわエコー!!やめてくれそんな憐みの眼でそんなこと言うの!!?」
「まあたしかに…エコーの兄弟見てればわかるだろう」
ヴィオが言った。
「どういうこと?」
ダニエリンが首をかしげると、エコーが話を遮った。
「それよりさ、この子にちょっとは何か食べさせてあげようとは思わないわけ?目ぇ覚めて一体どれだけ立ってると思ってんの」
まるで示し合わせたかのようにダニエリンのお腹がぐう、となった。
「うう…」
ダニエリンは真っ赤になってうつむく。
「今日はねーえ?なんか色々採れたんだよ。だから気にせずたくさん食べなよ、ね」
エコーはにっこりと笑って、ポトフの串焼きらしきものをダニエリンに手渡した。
ダニエリンはそのかぐわしい香りに耐えきれなくなって恥も外聞もためらわずがっついてしまう。
恥ずかしかったが、同時に涙が出るほど美味しいと思った。幸せに思えた。
「そういえば―君、なんて名前?」
エコーもポトフをほおばりながら言う。
「は、はいへひ…」
「呑みこんでから言え、せめて」
ヴィオが呆れたように言う。
ダニエリンは、肉をごくん、の呑みこんだ。
「ダニエリン。ダニエリン=レスコよ」
「へえ、綺麗な名前」
エコーはにっこりと嬉しそうに笑った。
「僕はねえ、エコース=リュア。ま、普段はエコーって呼ばれてるけどね。で、この人がヴィオ=マリオスでしょ、あの子がエリカ=ロンドン、あれが…ってフィグはさっき名乗ったか」
「だーかーらー、フィグって呼ぶなって何度も言ってんだろうが。その愛称嫌いなんだよ!」
「うん知ってるけど?」
「っ…このやろう…!!」
フィガロンはエコーをねめつけると、すがるような眼差しでダニエリンを見つめた。
「お願いだからフィグっては呼ばないでくれない?」
「う、うん…その、なんて呼べばいいの?フィガロ、とか?」
フィガロンは顔を輝かせた。
「ああ、それいいね!いいよ!じゃあお嬢さんはオレのことそう呼んでよ!!今のが一番気にいった!!」
「まあ…わたしは彼のことロンって呼んでたんですけどね。ヴィオはそのままでしたけど」
「あーめんどくさい。仲間内でなんで一匹の名前をいろんな呼び方で呼んでやらなきゃいけないのさ、そこまでの重要人物じゃなし」
「うるせーよ!!オレがいつお前に迷惑かけたよ!?なんだよいつもケンカばっか売りやがって!!」
「今まさに迷惑かけてると思うけど」
「何をぅ!?」
「…いい加減にしないと殺すぞ」
どす黒い声でヴィオが言い放ち、腰の鞘から刀を抜いた。フィガロンはしゅん、とうなだれる。
「なんでいつもオレばっか怒られんのさ…」
なんだか捨てられた仔猫みたいだ、とダニエリンは思った。なんとなくその頭をなでてやる。
フィガロンは眼を丸くしたがすぐに涙をにじませた。
「ううううう…優しいよ…お嬢さん…よかった、この子を拾ってくれて、エコーが」
「別にお前のために拾ったんじゃなく僕のために拾ったんだけどね」
エコーはそっけなく言った。
「ダニエリン…か…長いしやっぱ愛称は必要だよね。どう思う?エリー」
エリカはピットをつまみながらふむ、と思案した。
「そうねえ…ダニーとかエリン…いえそれじゃわたしと被りますわね…あ、アニーとか可愛らしいと思いますけれど!」
「うん、じゃあそれで。よろしくアニー」
「え、えええ!?」
「すまないがうちの主は非常な面倒臭がりなんだ…名前の簡略化に協力してほしい」
「うわ、酷い言いようだね」
「事実でしょう」
「まあそうだけど」
「酷いっ。なんでヴィオにはいつも甘いのさ!!オレがおんなじこと言ったら絶対酷い目に遭わせるくせにっ」
「煩いバカ猫黙れバカ猫食い物減らされたくなかったら三べん回ってワンと鳴いてみろバカ猫」
「ね、猫って言いながらなんで犬の鳴きまねさせようとするんだよっ!?」
「ええとその…」
ダニエリンは苦笑した。
「ものすっごくアホなやり取りするのね、あなたたち」
しん、と辺りが静かになる。
何か変なことを言っただろうかとダニエリンは思った。
ダニエリンは、かなりの毒舌でかつ物事をひねくれて見る節があるのだが、本人にはまったく自覚がない。
やがてエコーがまた爆笑し始めた。
「あっははははははっ。うわあ…こんな面白い子初めて会ったかもっ」
目じりに涙まで浮かべている。
「…わたし別に面白いこと言った覚えないけど…」
「まあ、これからエコーと十分渡り合えそうな程度には面白かったですわよ」
エリカもくすくすと笑っている。ただ、フィガロンだけは青ざめていた。
ヴィオが生ぬるい微笑みを向けてくる。
「まあ…せいぜいエコーの堪忍袋の緒が切れない程度には健闘してくれ…それなりに、面白いから」
「ど、どういう意味?」
「あ、なんかその言い種ひどくなーい、ヴィオくん?」
「そうですか?」
「気のせいですわよ」
「へーえ?二人して僕の敵にまわるんだあ?」
エコーがにやりと笑う。対する二人は余裕の笑みを崩さない。
―仲がいいんだか悪いんだかさっぱり分からないな、この集団。
ダニエリンは心の中で呟いた。
そしてふと、いつの間にか温かい気持ちになっていることに気付く。
この四人の傍にいると、暗い過去を忘れていられる気がした。
そのことに罪悪感を感じながらも、このまままどろんでいたい、とダニエリンは思わずにはいられなかった。

三、煩いんだけど。


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