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自作小説メモ置き場。 話の序盤だけ書いているものを置きます。続きはおいおい別の場所で書く予定です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。 著作権に関わる行為は固くお断り致します。 どうぞよろしくお願い致します。

   
カテゴリー「小説メモ:ある旅人の旅」の記事一覧
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第零話



僕が出会った一人の女性の話をしましょう

彼女は一人きりで生きていました

不思議なことです

周りにたくさんの友達が

彼女を想ってくれる両親が

ちゃあんといるのに

彼女は絶対に一人だったのです

彼女は僕に言いました

『旅人さん、旅人さん

わたし子供がほしいの

わたしだけの子供がほしいのよ』

『どうしてだい?』

僕はそっとたずねました

変なことを言うなあと思ったからです

彼女は答えました

『だってわたしにちゃあんと応えてくれるもの』

驚いたことに

彼女は子供という存在を

自分の所有物だと

思っていたのです

そしてその所有物とは彼女にとって

尽くしても尽くしても

絶対に裏切らないでくれる

必ず帰ってきてくれる

欲しい言葉をくれる

存在でした

奇妙なことです

彼女自身はそんな娘でもなかったのに

かわいそうな人です

僕はどうすることもできず

ただ彼女の頭をなでるしか


僕は自分の帽子をあげました

そして僕は

彼女のいる町を あとにしました


このお話には 続きがあります

何年かして

僕がまたその町を訪れると

彼女は僕と別れたその場所で

ずっとずっと僕の帽子を握りしめ

冷たくなっていました

ずっとずっと

僕の帽子を握りしめ

片時もそこを離れていなかったのです

僕は後悔しました

彼女を愛していたわけでは

いえ そう思っていたのに

ひどく胸が痛くて

僕は初めてその時気づいて


僕はそっと彼女を抱きしめました

しだいに腕の力が強くなって

僕は強く強く彼女を抱きしめて


どれくらいの時間が経ったでしょう

彼女の閉じられたまぶたの奥から

幾筋もの涙が頬をつたい

彼女はたしかに笑ったのです

その微笑みは

とてもきれいで

きれいで

急に吹いた一筋の風と共に

彼女の姿は消えていました

僕は僕の帽子をただただ

抱きしめていたのです

ただ一度でいい あの時

ただしっかりと抱きしめてあげていれば

よかったのに

僕は今更気づき ひどく後悔したのです

彼女は死ぬまで 自分を自分で抱きしめてあげるしか

なかったのだと


(旅人から知り合いへの手紙一部引用)





第一話

旅人が辿り着いたその町では
明く色とりどりのネオンサイトが
遠くからでもその町全体を
ぼんやりと浮きあがらせていました

スクーターをおしながら歩いていると
旅人は一人の少年に出会いました
少年は町のすみっこで
ちっぽけなうすっぺらの毛布1枚携えて
ただぼんやりと寝ころがっていたのです

『こんばんわ、ぼうや
何を見ているの?』
旅人は尋ねました
『こんばんわ、旅人さん
空を見ているんだよ』

少年は
朝も
昼も
夜も
毎日
毎月
毎年
くる日もくる日もこの同じ場所で
空を眺めていると言いました

最近は
何かを食べたり
飲んだりして
一瞬でも空から目を話す時間さえ
惜しいのだと言いました

『お腹すかないの?』
『すかないよ』
『楽しいんだね』
『うん、楽しいよ』

自分にとって 空は
永遠に続く映画で
しかもどの情景も同じものはなく
一度見逃したら二度と見ることはできない
尊いものなんだと少年は言いました

少年はさみしげに笑いました

『この町ではね

子供は迫害されるんだ

決められた仕事をこなす大人でないと

いじめられるんだ

そりゃあひどいものだよ

だからみんな早く大人になろうとするの

だから子供がこの町では

毎日毎日

次から次に

死んでいってしまうんだ

ねえ、旅人さん』

『なんだい』
旅人はこたえました
『旅人さんは大人なの?』
『どうだろうね』
旅人は少しだけ悲しそうに笑いました
『体は大きくなっちゃったけど
少なくとも大人だとは言えないな』
『そっか』
少年は空から目を離すことなく
にっこりしました
そして骨と皮だけになった
細く白い腕を
ゆっくりと上にあげ
まるで白いにごり水を垂らしたような
黒い空を指差しました
『人は死んだら星になるんだって
でも
星って
この町よりも
この世界よりも
ずっとずっと大きいものなんだって
遠い遠いところにあるから
小さく見えるだけなんだって

だったら
こんなちっぽけな姿でいるより
星になったほうがましなのに
なんで
死ぬのはこわいんだろうねえ』

旅人は
そっと少年の頭をなでました
そして旅人は
なんとなく
傍目には傷一つない少年の皮膚の下で
少年の心臓には
無数の引っ掻き傷やあざがあったことを
知ったのでした

旅人は空を見上げました
けれどどこを見わたしても
星なんて一つも見えやしません

旅人は少年に尋ねました
『僕の目は曇ってしまっているのかなあ
星は一つも見えないんだ
君には見えるかい?』
少年は首を横にふりました
『見えないよ、旅人さん
ネオンが明るすぎて
星を見えなくしちゃうんだ』

そして少年は
初めて空から目を離し
旅人の顔を
瞳を
見つめました
少年は微笑んで言いました
『大人達の作ったもの
大人達がいいと言ったもの
大人達を
見るくらいなら
目なんて必要ないと思ってた

大人達の作った音
大人達の作った文章
大人達の声
聞くくらいなら
耳なんていらなかった

この体も
大人達から出てきたものだから

でも
旅人さんと
お話できたから
こうして
お顔を見れたから
産んでもらえて
やっぱり、嬉しいな』
『ありがとう』
旅人は言いました
『さようなら、旅人さん
今晩はこの町に泊まっていくの?』
『さようなら、ぼうや
そうだね、そのつもりだよ』
少年はまた空を見ながらにっこりしました
『旅人さんの瞳の中に
ちいちゃな星を見つけたよ』

旅人はこの町に
三日間滞在しました
二日目の夜
何やら騒々しかったので
側を通っていく人に尋ねると
少年が一人
天に召されたということでした
その少年は
親の言うことにも
何に対しても
反発して
親不孝ばかり
していたということです
『ご両親はきっと、ちゃんと本当に
息子さんをとても愛していらっしゃったんでしょうね』
旅人は言いました
町人は大声で言いました
『ええそりゃあもうたいへんなかわいがりようで
あんなに大事にされて
あんなに恵まれて
なのに聞きわけがなくって
生きることに無関心で
勝手に自分を憐れがってねえ
あれじゃあ
親御さんがかわいそうでかわいそうで』
『おろかな子供ですね』
旅人は悲しげに微笑みました
『ええそうですとも、なんておろかな—』
『いえ、それとはまた違うんです』
旅人が言葉をさえぎり空を見上げると
町人は怪訝そうな顔をしていました

三日目の朝
旅人は町を発ちました
出発前に少しだけ
空を見上げました
空にはうっすらと
頭の欠けた白い月が
浮かんでいました

『昨日の夜は、星がきれいだったね』

旅人は
お月さまに向かって言いました

『おろかだね、とってもおろかだったね
でも僕は
おろか、って字は愛おしいって
愛らしいって
読むんだと
思ってるのだけれど』

旅人はスクーターのエンジンをふかしました





第弐話

旅人が辿り着いたその町では
ちょうど結婚式の最中でした
町中でお祝いをしていました
新郎新婦は
とても幸せそうに
白くて丸い馬車の中に
乗りこみました

また次の日も
そのまた次の日も
毎日誰かの結婚式が行われているのでした

また 空にはひんぱんに
コウノトリが
飛んできていました

『幸せな町なんですね』
旅人は微笑みました
『ええ そうですとも!』
町の人達は答えました

町を発つ日の朝
旅人は一人の娘さんに出会いました
『おはよう お嬢さん
きれいなドレスだね』
『おはよう 旅人さん
今日はね もうすぐ結婚式だから忙しいのよ』
娘さんは せっせと白いドレスの裾に
刺繍をほどこしていました
旅人はそっと娘さんの隣にすわって
しばらくその作業を
眺めていることにしました

不思議なことに娘さんは
小さなビオラの刺繍を
完成させてはほどき
また完成させてはほどきを
半ばとりつかれたように
くりかえしていました

『お嬢さんお嬢さん
作った刺繍が気に入らないの?』
『いいえ旅人さん
刺繍はできあがる度完璧よ』
旅人はしばらく目の前の小川をぼんやり見つめました
小さな蝶ちょがほろほろと飛びまわり
小鳥がささやかに鳴くので
とても優しい風が吹いていました

旅人はそれを見て
またにっこりと微笑んだのでした
『どうしていつも作り直しているの?』
『こわいからよ』

今日結婚するというその娘さんは
自分の着るそのドレスが
できあがってしまうことが
恐ろしいのだと言いました

『こわいの

こわいの

この町では

毎日結婚する人達がいるように

駄目になる夫婦も

たくさんいるのよ』

娘さんはようやく手を動かすのを
やめました
その頬を
幾筋もの涙が
つたいました
旅人は
娘さんの頭をそっと
なでてあげました

『きれいな髪だね
こんなかわいらしい娘さんだもの
きっとうまくいくよ』
旅人は言いました
娘さんは旅人をきっと睨みました
そしてまた
涙を流すのです

『まだ足りないのに
どうして
あたりまえに結婚して
あたりまえに妻になって
あたりまえに母親になって
あたりまえに終わらなければ いけないの

うまくいく保証だってないのに』

『どうして足りないの?』
旅人は聞きました
娘さんの横顔は
目はぱっちりとまんまるで
頬は薔薇のように赤くて
唇はもぎたての林檎のようにかわいらしく
まるでまだ幼い
女の子のようでした

『わからないの』
娘さんは答えました
『でもまだ 走り足りないの
ほら ねえ 見て
あそこの小川
あっちの野原
はだしで走り回って
ドレスなんかぐちゃぐちゃにして
どろだらけになって
おひさまの光いっぱいあびて
やりたいことはまだ
たっくさんあるのに

それあきらめて
ひきかえにして
大人になっても
幸せになれなかったら
悲しいわ

嫉妬するわ
わたしが産むかもしれない
子供たちには
まだそんな未来が
いっぱいあるのに』

旅人は尋ねました
『君のだんなさんになる人は
君のその気持ちを
わかってくれる人?』
『話したことなんてないわ』
娘さんはとげとげしく言いました
『話せるわけないわ

それだけで
もう十分に答えよ』

娘さんの中で
怒りがこみあげてくるのと同時に
何かが生まれてきているのを
旅人は見つけました

娘さんは また刺繍をはじめました
今度は それができあがっても
ほどき直したり しませんでした

旅人はそっと立ち上がり
側に生えていた白い花を一輪
娘さんの髪にさしてあげました

『さようなら お嬢さん
お幸せに』
『さようなら 旅人さん
あなたにも』


旅人が町の出口へスクーターを押しながら
歩いていると
一人の若者に 出会いました
若者は教会の前で
ただ立ちつくしていました

『こんにちは お兄さん
どうしたの』
『こんにちは 旅人さん
今日今から 結婚式なんだ』
若者はにかっと笑いました
その日だまりのような笑顔には
まだどこか愛らしい
少年のあどけなさが
残っていました
『あなたはその
娘さんが 好き?』
旅人が尋ねると
若者はりんごのように頬を染め
照れたように笑いました
『大切な人だと
思っているよ』
旅人もにっこり笑いました
『うまくいくといいね

きっと幸せになれるね』

そうだといいなあ と
若者は微笑みました
そしておもむろに言いました
『旅人さんは
薔薇の花を見たことあるかい』
旅人はにっこりと笑いました
若者も とてもとても柔らかな笑みを浮かべました
『薔薇は自分でいっぱいとげを持って
身を かたくなに守って
人を寄せつけないんだ
でも薔薇は咲いてもきれいだけど
蕾の時もとってもきれいなんだ
だから
見ていて飽きない
すっごく嬉しいんだ
憧れるんだ』
旅人は言いました
『痛くても けがしても
ちゃあんと手にとって 包みこんであげてね
ちゃあんと水はあげてね 蕾もきれいだけど
薔薇は咲いても きれいだから』
『ありがとう旅人さん

さようなら 気をつけて』
若者はにっこり笑っていいました
『ありがとうお兄さん

さようなら お幸せに』

去り際に旅人は思い出したように
優しく笑って 振り返って言いました
『さっき薔薇の蕾が
花開く瞬間を
初めて見たんですよ』
若者はきょとんとして
すぐにまた照れたように笑いながら
頭を掻いて 言いました
『ちぇっ 僕も 見たかったよ
まったく』

旅人がスクーターを走らせていると
鐘の音を
風が微かに 運んできてくれました
旅人は 少しだけ悲しそうに微笑んで
呟きました
『ほんとにちゃんと
しっかり抱きしめて
包みこんでやるんだよ

僕は

後悔したから』

旅人は 帽子を深く
かぶり直しました


(第弐話 おわり)




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